悠田ドラゴのAll-Out ATTACK!!

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『ランボー』スタローンが突きつけるベトナム帰還兵の怒り

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物語は、スタローン演じるベトナム帰還兵のジョン・ランボーが、戦友の家を訪ねるところから始まります。その友人は化学兵器の影響で癌を患い、既にこの世の人ではありませんでした。


失意の中、ランボーは食事をしようと小さな田舎町へやって来ますが、そこでティーズルという保安官に声をかけられます。見た目の印象だけで不審者扱いし、「ここでは俺が法律だ。町を出ろ」と居丈高な物言いをしてくるティーズルに、ランボーは「ただ食事をしたいだけだ」と反抗。しかしオフィスへと連行され、あまつさえ保安官たちから一方的な暴行を受けてしまいます。反撃に出たランボーは、何とか署から脱出。強奪したバイク に乗ってティーズル達の執拗な追跡をかわしながら、山中へと逃げ込みます。
やがてランボーが特殊部隊グリーン・ベレーに所属していた英雄的戦士であると判明し、州警察や軍が介入する事態に。追い詰められ、山に一人こもったランボーは、果たして権力に屈することなく、生還することができのか… !?


このように『ランボー』は、町へ食事をしに来ただけの元兵士が、何も悪いことはしていないのにパトカーやヘリコプターに追い立てられ、銃口を向けられるという、あまりに理不尽な話です。なぜ彼がこんな仕打ちを受けなくてはいけないのか、映画を何度見ても納得のいく理由は見つかりません。ただティーズル保安官が「不審で面倒を起こしそうなやつ」と勝手に決めつけたランボーを、町から排除したかった、それだけです。この理不尽な状況は、ベトナム帰還兵が社会から冷遇されていた1970年代のアメリカを想起させます。


明確な前線のないゲリラ戦が繰り広げられたベトナム戦争では、市民の中に潜んだベトコンから奇襲を受けたり、子どもや赤ん坊を引き金に使ったブービートラップがそこかしこに仕掛けられたりと、アメリカ兵はいつ何時も気が抜けない極度の緊張状態に置かれていました。


特に激戦地の状況は酸鼻をきわめ、何とか生き残った者にも深刻なトラウマを植え付けたのです。こうした筆舌に尽くしがたい地獄を体験した兵士たちの多くは、帰国してからPTSD心的外傷後ストレス障害)を発症。中には社会に順応できず、自殺に至るケースも少なくありませんでした。劇中でも、ランボーは時折ベトナム時代の記憶がフラッシュバックしますが、これはPTSDの症状の1つです。実際、帰国してからも戦場にいるという感覚に囚われた帰還兵が、サプライズで抱き着いてきた自らの娘をベトコンだと錯覚し、重傷を負わせてしまうという悲劇もありました。


そんな帰還兵をさらに苦しめたのが、人々からの侮蔑的な扱いです。戦況が一向に好転せず、活路を見いだせないまま泥沼化していったベトナム戦争は、アメリカ社会に暗い影を落としました。また、米軍による一般市民の虐殺といった非人道的行為が明るみになるにつれ、反戦運動が激化。国外からの非難の声も高まっていきます。さらに、軍事機密文書(いわゆるペンタゴン・ペーパーズ)の流出事件など政府の権威を失墜させる出来事も重なり、政権や軍に対する不信感は増すばかり。こうして自国の正義が瓦解していく中、アメリカ社会に蔓延する負の感情のはけ口となったのが、帰還兵です。 


増幅した怒りの標的となった兵士たちは、祖国の空港に着くなり「赤ん坊殺し」といったひどい罵声を浴びせられ、社会から厄介者呼ばわりされました。たしかに米軍がベトナムで行った残虐な行為は許しがたいものでしたが、だからといってあらゆる兵士にその責任を押し付け、犯罪者のレッテルを貼ってよい理由にはなりません。もちろん、こうした状況がずっと続いていったわけではなく、その後改善されていきましたが(また、当然ながらすべての米国民が彼らを蔑んでいたわけではなく、アメリカのために死力を尽くした戦士として敬意を払う人々もいましたが)、多くの帰還兵が長い間、不当な扱いにを受け続けていたのです。


映画の終盤では、もぬけの殻になった保安官のオフィスでティーズルとの一騎打ちを制したランボーのもとへ、ベトナム時代の上司であり彼を最強の兵士へと育て上げたトラウトマン大佐が現れます。「任務はもう終わったんだ」と歩み寄るトラウトマンに、ランボーは「終わってなんかいない!」と激昂。国のために命懸けで戦ったにもかかわらず、世間からのけ者にされた。戦地では100万ドルの兵器を任されたのに、帰国したら駐車係の職にも就けない。ベトナムでの友達はみんないなくなってしまった。こんな惨めなことがあるか…!? 思いの丈を叫び、その場に泣き崩れたランボーは結局逮捕され、物語は幕を閉じます。


ランボーが慟哭しながらトラウトマンにぶつけた怒りは、多くのベトナム帰還兵がアメリカ社会に抱いた感情そのものであり、彼らが心に負った傷そのものでした。映画はフィクションですが、彼がスクリーンを通して観客に叩きつけた怒りはあまりにリアルだったのです。

 

本記事は2020年7月3日にnoteで公開したものです。